2011年5月1日日曜日

メーデーって何でいつもこうなの

今日、5月1日はメーデーです。

メーデーの起源や意味はウィキペディアなどを参照してみてください。

そのメーデーの起源を見るとどんなに悪天候でも、また今回のように日曜日でも5月1日にやることに意義があると思います。

僕はメーデーに参加するのは今年で7回目になります。

その7回すべて寒いなど天気に恵まれた記憶がありません。

背伸びして撮ってもどうしても傘が
今年も案の定、でした。

5月1日という日は天気が良くないという気象的な原因が何かあるのでしょうか?

それとも、このメーデーの起源である、「8時間労働制要求」の実現は

そんな甘いもんじゃないぞ!

という一つの試練なのでしょうか?

メーデーの集会があった中島公園の池、
日曜日にもかかわらず、この天気では誰もいない


2011年4月29日金曜日

夢の中ではまだ、選挙期間?

とうとう、寝ながら演説をしてしまいました。

と言っても、街頭演説中に、という意味でなく、睡眠中に演説をしました。

僕は全く覚えがないのですが、妻の話では突然、僕が

「日本共産党の田中けいすけです!○○○○○!○○○○○!」

と言っていたそうです。妻は最初、僕が起きていて、演説の練習をしているのかと思ったそうですが、よく見ると僕は寝ている。

何を言っていたかはっきり聞き取れなかったようですが、

「間違いなくあれは演説していた」そうです。

他人事のようですが、選挙が終わったのに、夢の中ではまだ、訴え続けているようです。

2011年4月28日木曜日

今度はボランティアとして

久しぶりの更新です。

僕が小樽で選挙の手伝いをさせてもらった議員候補(2人)は無事に当選しました。

候補本人の頑張りはもちろん、その候補の周りで運転手、アナウンサー、食事作り、電話での支持のお願いなど、周りのたくさんの人たちの頑張りが結集した結果だったと思います。

さて、3月11日に、東北地方を中心に襲った東日本大震災、「今、自分にできること」として、僕は札幌市西区の街頭で募金活動を続けてきました。

選挙も終わり、「今、自分にできること」として、今度は実際に現地へ行ってこようと思います。

日本共産党として、ボランティアの募集を始めたので、さっそくボランティア登録をしました。

早ければ、5月中旬には行けると思います。それまでにしっかりと準備を、特に体調管理をしっかりして、現地で「今、自分ができること」を精いっぱいやってこようと思います。

右写真のカードはボランティア活動中に起きた事故などのための保険証です。加入手続きは自分が住んでいる地域の社会福祉協議会でできます。

2011年4月17日日曜日

「ごくろうさん会」という名の「がんばろう会」

札幌市議会選挙が終わって、大奮闘したそれぞれの後援会などで、労をねぎらう「ごくろうさん会」が行われています。

どの「ごくろうさん会」でも、最初は
「残念!」、「くやしい!」
という言葉が出ます。

でも、ほとんどの人や「残念、くやしい」という人も
「4年後は絶対に勝つぞ!」
という雰囲気に包まれ、いつしか「がんばろう会」になっています。

僕もその参加されているみなさんの思いをエネルギーに変えて、一歩ずつ踏みしめながら、前に向かっていきます。

僕のあす以降の活動ですが、今日から告示された一斉地方選挙の後半戦の議員候補者の応援することになりまして、朝から夜まで小樽市のどこかで街頭で演説していると思います。
一週間ほどブログを更新出来なくなると思います。
選挙が終わったら、改めて更新していきますので、それまで少しの間、待っていてください。

その分僕が応援する候補者が勝利できるために、微力ですが、力の限り応援してきます。

2011年4月15日金曜日

坂の街、おしゃれな街、小樽市


こんな坂があちこちに

 4月17日に告示がされ、24日に投票がある地方選挙後半戦の応援のため、小樽に行きました。

小樽と言えば、小樽運河が有名だと思いますが、坂の街といわれるぐらい、平地がほとんどありません。

観光として、その街並みを見るのは一つの楽しみです。

でも、毎日この坂を上り下りしている小樽の人たちはとても足腰強いだろうなと、小樽市のオタモイ・幸(さいわい)という地域をハンドマイク宣伝をしながら、歩きまわりました。

正直、ちょっとへばった。 






その地域を歩いていて、ちょっとおしゃれな住宅街を発見しました。

その住宅街の家すべてに左の写真のおしゃれな街燈がついていました。

坂を登った先の家まで続いていました








ぜひ今度は夜、街燈が付いているときに行きたいですね。


とても奇麗な光景だろうなぁ。

2011年4月14日木曜日

風が気持ちいぃ~!でも・・・

今日もあいさつ回りです。

今日の札幌市は最高気温14℃ということもあり、春だなぁ感じられる日でした。


今回訪問する先は、僕の自宅の近くだったこともあり、いったん自宅に戻り、車から自転車に乗り換えて、回りました。

僕の愛車です。

公園にはまだ雪がたくさん残っていますが、道路はほとんどありません。

何よりこの時期の風はまだ冷たいですが、それがとても気持ちよかったです。

僕は特別、何か運動をしているわけではありませんが、出来るだけ訪問するときは一か所に車を置いて、歩いて回っていたので、それなりに足腰は強いと思っていました。

しかし、2時間以上も自転車で動いたせいなのか、それとも歩くときに使う筋肉と自転車を漕ぐときに使う筋肉が違うのか。訪問し終わったころは太ももがパンパンでした。

現在38歳、運動選手ではベテランといわれる年齢。何もしなければ、筋肉は衰える一方。
健康維持のためにも筋トレも必要かな?と感じました。
明日は太もも筋肉痛かな?
でも明日筋肉痛ならまだ体は若いってことかも。
よく年をとったら、3,4日以降に筋肉痛があらわれるっていいますし。

2011年4月13日水曜日

「希望」となる存在になれるかな?いやならなければ!

選挙後のあいさつ回りをしています。

訪問する先々で、こちらから「4年後もう一回挑戦します」と言う前に
「残念だったね。でも、期待しているよ!」

「当然4年後も出るんだろ!」

中には、
「本当に残念だったな」
と僕以上に悔しがっている顔を見ると胸が熱くなります。

「落選した人に花束は変だけど、花屋さんに聞いたら、黄色は『希望』を意味するから」といってプレゼントしてくれた方もいます。

これからその思いに応えるために、さらに成長するぞ!と意気込みを新たにしています。

ちなみに僕のイメージカラーは『緑色』です。

僕自身が大自然(森や草原)を連想される緑が好きです。また、緑を見ると穏やかな気持ちになります。

さらに僕を見たり、接した人が安らぎを感じたり、本当に平和な社会をつくりたいという思いもあります。

2011年4月11日月曜日

4年後に向けて再スタート


街頭で救援募金の訴えと選挙結果報告

みなさん、ご無沙汰していました。

僕の周りの沢山の方々に支えられて、選挙期間中体調を崩すことなく、のどを潰すこともなく、最後まで、政策や、「こういう札幌市にしたい」という思いを訴えることが出来ました。
 
選挙は7,971票獲得できました。でも、当選できるだけの票を獲得することはできませんでした。僕の力の無さを痛感し、僕をここまで支えてくれた方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

だからといって、「ハイ、モ~オシマイ」という気持ちにはなっていません。
というか、当然のように今度こそ!

僕の政策、僕の訴えに期待し、共感してくれた7,971人もの方々とさらに票としては見えませんが、違う選挙区から僕を応援してくれた方々の思いに何としても応えなければ!

何よりも、2年半前までは障がい者施設の一職員だった僕にこんなにも多くの方々が投票してくれたことは本当にうれしいです。

津軽の粘り強さ
B型特有の一つである、『こうと決めたら最後まで』の精神で、
今日からまた候補活動をスタートしました。

みなさんまた、よろしくお願いします。

2011年3月31日木曜日

札幌市議選告示されます

4月1日、年度が新しくなると同時に札幌市会議員選挙が告示されます。

ブログを始めた時、「閉塞感でいっぱいの日本になってしまいました」と書きました。

今また、東日本大震災で被災地の方々、さらには福島原発で日本全体が将来に対する不安を感じています。
でも、同時に、被災地のためにと日本全国、世界各地からも
「あなたは一人じゃない、周りにはたくさんの仲間がいるんだ!希望を捨てるな!」
という思いとともに救援募金がたくさん寄せられています。

公職選挙法の関係で、告示日以降はブログ・ツイッターが更新できなくなります。

この場でみなさんには会えなくなりますが、札幌市西区のどこかで、選挙カーに乗りながら、ところどころで降りて、救援募金活動と僕は「札幌市をこうしたい」という政策を訴えていると思います。

そしてみなさん、僕はみなさんと一緒に、日本の将来に希望を持った笑顔を取り戻すために、大奮闘します。

頑張るぞ~

では、次回更新できるときまで、みなさん、風邪などひかないように。

2011年3月30日水曜日

『思いやり予算』の使い方は?

ある訪問先で聞いた話です。

その方の娘さんが横須賀の米軍基地で働いているそうです。

正確に言うと今現在は働いていません。働きたくても働けないのです。

この基地には今、誰もいないからです

その方が言うには、3月の20日前後からどんどん人が少なくなっていったそうです。

最初、今回の地震で、被災地へ救助活動に行っているのだと思ったそうです。

しかし、事実は違っていて、兵隊さんとその家族全員が自分の国に帰っていたのでした。

その米軍に対しての『思いやり予算』、今、救援・復興には大変な費用が必要です。
だから、日本政府として
「米軍へ『思いやり予算』(1858億円)を東日本大震災の救援・復興へ回します」
とアメリカ政府に対して言うべきではないでしょうか。

「いや、ダメだ。今まで通り、チョーダイ!」なんて言わないと思うけどなぁ。
もしそんなことを言ったら、アメリカが世界から白い目で見られると思うけど!

2011年3月29日火曜日

救援募金、訪問、そして演説原稿作り

救援募金の日本共産党西・手稲区地区委員会(田中事務所含む)に寄せられた募金は、3月29日現在で、139万円を超えました。僕も、ほとんど西区にあるスーパー前や地下鉄、JR駅前で救援募金のお願いをしました。2巡、3巡と行っていきます。

訪問するときには、どこでも地震、津波、そして原発の問題が話題になります。その時、共産党が現地で救援活動をしていることと同時に、全国各地で救援募金を募っている話をすると別のところで募金したけどと言いながらも、募金を寄せてくれます。

被災地の救援・復興するためにはまだまだ時間も費用もかかります。少しでも安心のできる生活、一刻も早い復興ができるように今、自分ができることを精一杯やっていきます。

僕が立候補する予定の札幌市議選も近くなりました。街頭でみなさんに訴える内容を時間の合間を見つけて考えています。

明日への希望が持てる話ができるように、また、話したことを実現できるように頑張らねば!

2011年3月27日日曜日

真っ赤に燃えて

札幌市西区の平和という地域の後援会主催の懇談会がありました。

懇談会が終わった後、後援会のみなさんが大きな、それも真っ赤な布に後援会のみなさんが寄せ書きしてくれました。


暦の上では3月ももう少しで終わろうとしているのに、この札幌、まだまだ雪が降り、寒いです。でも、僕はこの寄せ書きのように、雪を溶かし、寒さを吹き飛ばすほどに、

心を真っ赤に燃やしてがんばります。

ちなみに、「平和」という名前は、昭和17年にそれまでの手稲大字三村(上手稲、下手稲、山口)が改められたときに、地域の人々の理想や希望を表して付けられたといわれています(札幌市役所の地区別の歴史参照)。

2011年3月26日土曜日

町内をまわって

以前働いていた障がい者施設がある町内を前町内会長さんとともに訪問して回りました。

前町内会長さんが自分で作ったチラシ

この訪問のために、彼は自らチラシを作って(少し助けも借りましたが)、それを一軒一軒渡しながら、僕のことを紹介してくれました。

僕自身も働いていた時、その町内の班長をしたこともあり、町内会費を集めたり、広報を配って歩いたりしていたので、ほとんどの方が顔を知っています。

今日、改めて挨拶すると、「えぇ~?」という人、「あの施設職員がまさか議員候補?」という感じの驚いた顔をする人もいました。

でも、「共産党はちょっと。でも、あんたを応援するから」など、ほとんどの人が「応援するから」と言ってくれました。

また、以前から僕が市議予定候補だと知っている人のところに「正式に挨拶に来ました」と言ったら、「来るのが遅い」と冗談を言われながらも、「けいすけ、応援するからな、がんばれよ!」と心強い励ましてもらいました。

町内会長さんはじめ、町内のみなさんありがとうございました。
その期待にこたえられるように何としても、勝ち取らねば!

2011年3月25日金曜日

この募金もしっかり被災地へ届けます

先日、僕の事務所に手紙が届きました。

その手紙には僕が街頭募金を訴えているとき、募金をしようと思ったら細かいお金がなく、両替してからと思ったら、僕の姿がもうなかったというので、わざわざ事務所まで、救援募金を送ってくれました。

早速お礼の連絡をして、しっかりと被災された方々のお手元に届けます。

日本共産党だけでも2億5千万円以上の募金が寄せられています。

赤十字社や社会福祉協議会(共同募金会)など様々な団体に募金が寄せられています。

しかし、今回の地震と津波による被害から復興するためには、時間も費用もけた違い、まさに、国が一つになって、大プロジェクトをしなければなりません。そのためにも、今後も、自分にできることでも救援活動に取り組み続けます。

2011年3月23日水曜日

ハンドマイクを使っての最後の訴え

今日はハンドマイクを使っての最後の救援募金の訴えです。

最後といっても、4月11日以降はまた、ハンドマイクを使えますが、明日、知事選が告示されるため、公職選挙法(第13章141条)の関係で、ハンドマイクを使った活動ができなくなります。

最後にふさわしく!? 午前中晴れていたのに、午後は3月下旬なのに、気温は低く、吹雪。

本当に寒かったです。でも、「寒い中、ご苦労さん」、「すぐそこで、募金してきちゃった。ゴメンネ」と温かい声をかけてくれたり、親子、子どもからお年寄りまで、今日も幅広く募金に協力してくれました。

その温かい声や募金をする温かい思いにふれて、僕の体は内側からどんどん熱くなり、寒さを忘れて最後の訴えをしました。

人が人を思いやる気持ちって本当にいいですね。救援募金活動をするたびにいつも感動して涙が出そうになります。

2011年3月22日火曜日

応えてくれる気持がうれしい

3月20、21日と札幌西区にある10ヵ所のスーパーや地下鉄駅前で東日本大震災の救援募金の訴えをしました。20日は29,549円、21日は26,077円寄せて頂きました。ありがとうございました。この募金、必ず、被災された皆さんに届けます。

今はいろんな場所で、募金箱が置かれていたり、小学生をはじめ、いろんな団体が募金活動をしています。

そのため、「他でしてきたから」、「今、そこのスーパーで、募金してきた」と言っていく方が多くなっていますが、それでもそのあとに、「寒い中ご苦労さん、がんばってるね」と声をかけてくれます。

僕のやっている救援募金に入れなくても目的、募金の行き先は同じなので、募金している人が本当に多くいる、今本当に日本が一つになって、被災された人をみんなで助け合おうとしていることがむしろうれしくなります。

中には、「他で募金してきたから、少なくてごめんね」と言いながら、さらに募金を寄せてくれる人までいます。

僕は金額でなく、募金の訴えに応えてくれる気持が何よりもうれしいです。


相棒をなくしてしまった、本当にごめん


なんとも恥ずかしい話ですが、この募金活動中、僕にとって、まだこの時期、必需品である手袋を落としてしまいました。それも片一方だけ。落とした可能性のあるところを戻って探しましたがありません。残されたもう片一方は何とも寂しそう。ごめんなさい。

2011年3月21日月曜日

被災地を実際に見て

3月19日は地下鉄琴似駅前で街頭宣伝をする予定でした。

しかし、3月11日に東北地方太平洋沖地震が起き、想像を絶する被害になったため、急きょ、被災者への救援募金活動にしました。

街頭演説会で話す予定だった日本共産党の紙智子参議院議員は地震発生後翌日に被災地を訪れ、被災地の実態と被災された人たちの切実な声を聞いているので、紙さんは募金の訴えとともに、その見てきた被災地の様子を話してくれました。

僕は司会として隣で聞いていたのですが、特に印象に残ったのが、地震、津波の被害から逃れることができた障がい者の話です。その方はヘルパーさんがいないと水が飲めない。その人はヘルパーさんに連絡したが、ヘルパーさんはそのお宅に行くことができない。行くための車のガソリンがないからだそうです。

今回の地震では大地震や大津波から命からがら避難所に逃げ延びたのに、その避難所で、命を落としている患者やお年寄りがいます。

これも自然災害でしょうか?

災害が起きた時に弱い子どもやお年寄り、妊婦さんや障害を持っている方が命を落とすことのないような、日頃からの防災対策が必要ではないでしょうか。

この日は一時間ほど、募金活動をしました。紙議員も話した後、僕たちと一緒に募金箱を持って、募金の訴えをしました。募金活動をして1週間近くたちます。
にもかかわらず、この時に寄せて頂いた募金額は 
 78,896円でした。

2011年3月18日金曜日

札幌市へ要望しました

東北地方太平洋沖地震が起きて一週間になります。

救援募金活動と同時に自分たちの住んでいる街が自然災害に遭ったときに出来るだけ被害が最小限に食い止められるような街にしてほしいと、社保協として札幌西区役所に緊急の申し入れをしました。

申し入れ内容は

1、札幌市として、総力を挙げて一刻も早く救援活動をすすめてください。
2、泊原発の安全対策の強化を、国、北海道に対し求め、北海道の原発・核燃料サイクル推進の見直し、泊原発3号機のプルサーマル計画と大間原発の建設の中止を申し入れてください。
3、札幌市の防災体制の強化と、区民に対して周知徹底の強化をおこなってください。

の以上3点です。

札幌市からは緊急の申し入れということもあって、詳しい回答はありませんでしたが、泊原発に関しては、マグニチュード8.2を想定している。9.8mの津波に耐えることができる。

防災対策も札幌市は今まで津波による被害はないから、津波被害の対策はないということでした。

でも、今回の地震は「想定外」という言葉をよく耳にします。

そもそも自然災害は人智の及ばないものです
その被害を最小限にするためにも、「想定外」を考慮して防災対策をするべきではないでしょうか。

2011年3月17日木曜日

その発想なんか違うと思う

ある政党の党首が今被災地のために消費税を5%から6%に上げて、その1%を被災地のためにと提案しました。

でも消費税は被災者の方々も払っている税金です。地震や津波で財産を失った人からも徴収する税金そのものが変だと思うのですが、避難所で今なお、不便な生活を強いられている人からさらに徴収する税金を上げることになる、消費税の増税はなんか違うのではないでしょうか。

そんなことをしなくても、今、日本全体で、被災者のためにと募金をしたり、救援物資を送ったり、医療など様々な分野の専門家が被災地でボランティアで活動しています。

今日の街頭募金活動にもたくさんの方が募金を寄せてくれました。また、訪問したお宅では「他の場所で募金した」と言っていたのに、僕が「今、街頭などで救援の募金活動をしている」と話したら、さらに募金を寄せてくれた方が何人もいました。

また、僕たち以外にも民主団体、子ども、高校生、大学生、会社員、市の職員、様々な職種の方々、本当にいろんな人たちが、駅前、スーパー前、繁華街で、募金活動をしています。

そんな変な提案しなくても、日本ではみんな、被災者のために何か役に立ちたいと思って自発的に行動しています。

2011年3月16日水曜日

ズッシリと重みのある思い、必ず届けます

今日は札幌西区の3か所のスーパー前で救援募金の訴えをしました。
募金を寄せていただいたみなさん、本当にありがとうございました。また、「別のところでしてきたから」や「ごくろうさん」と声を掛けてくれたみなさんもありがとうございました。その声をかけてくれるだけでも、こちらとしては「やって良かったなあ」と大きな励みになります。

今日一日で寄せて頂いた募金の総額は
58,876円でした。

札幌市西区の八軒にあるスーパーの前で救援募金の訴えをしていた時、僕のハンドマイクの声を聞いて、おそらく、家から持ってきたのだと思いますが、スーパーのビニール袋いっぱいのお金を寄付してくれた青年もいました。家の貯金箱に貯めていたお金を全部持ってきたのではないでしょうか。その青年とお話をしたかったのですが、そのお金をはにかんだ笑顔で渡して、すぐ行ってしまいました。僕たちの救援募金活動に応えてくれて感激です。

この青年も含め、今日募金を寄せて頂いたみなさんの思いも、必ず被災地に届けます。

明日も行います。朝8時ごろJR琴似駅前と昼ごろは地下鉄の宮の沢駅前で行う予定です。ご協力よろしくお願いします。

札幌もそうですが、3月中旬なのに、被災地では真冬並みの寒さが続きそうです。その被災地で、不足していると報道されている毛布やカイロを積んだ輸送隊が続々と全国各地から出発しています。さらには海外からも輸送し始めています。
一分一秒でも早く着いてほしいですが、輸送されているみなさん、どうか安全運転で必ず届けてください!